最終的にどこに向かうのか?をいつも聞かれます

azkiプロジェクトってどこへ向かうの?

 

ミッションとビジョンを文字で書いているけど、でも、書き続けないといけないのですね、このどこへゆくのかってこと。

 

「小豆をつうじて幸せな時間をつくることを共有したい」

 

このことに尽きます。

 

小豆がある暮らしがいいなあと感じる瞬間を共有するひとを増やす。

 

だから、菓子縛りでなくていいです。

健康な食べ方しばりでなくていいです。

小豆や和菓子の想い出だけでもいいです。

 

幸せの定義はひとそれぞれ。

 

小豆が暮らしのなかにあって、楽しく幸せな時間があることを共有する活動。

 

なので、小豆の使い方の応用は、食べることにも限定されず、使い方の応用紹介でもいいのは、そんなわけです。

あなたの小豆の経験は、だれと幸せをわかちあいたいですか?

 

☆☆☆

 

小豆の啓蒙が目的ですか?

小豆を通じた利益創出が目的ですか?

 

そう聞かれもします。

 

え、啓蒙のために、利益もないと、啓蒙活動も続けられないでしょ。

 

わたしは、そうおもっていました。

両方追及することは、矛盾していないとおもっていました。

 

でも、仲間からこう教えてもらいました。

 

「小豆を通じて幸せになるひとを増やす」ことと、手段のお金を稼ぐこととは分けて表現したほうがいい、と。

考えによっては、「最終的にお金を稼げればいいから、啓蒙を手段でもってくる」ということもできるから、両方追及するというと、わからなくなる、と。

 

なるほど。

 

azkiプロジェクトは、azuki magazineも商品開発も「小豆を通じて幸せになるひとを増やす」ことを最終目的に置きたいです。

 

小豆があるから、幸せ。

そこに向かう、記事、商品にしてゆきたいです。

 

小豆をとおして、今の生活が潤うひとがふえることに向かうことで、活動のベクトルをあわせたいです。

 

シュガーフリーや、ヴィーガンは、そのなかの手段のひとつ、表現のひとつにすぎません。